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自己肯定感の低さと自分の感覚を取り戻すこと

先日、以下の本を読みました。

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著者の方は心理カウンセラーで催眠療法もやられており、依存症の患者さんの治療にも関われた方です。

内容についてはとても興味深く、漫画での体験談を通して、
なぜそう考え感じてしまうのか、それに対してどう対処すれば「自分の感覚を取り戻す」ことができるのか、
について書かれています。

私が最も印象に残った部分は、
『自己肯定感の低さや、他人の目を気にしてしまう、他人と比較してしまうのは、
 自分と他人の間の壁が薄いことにより、他人の感情が伝染ってしまうため』という部分。

自分と他人の間の壁は、幼児期に母親との関係で築かれるそうです。

思えば、私が父親に叩かれていた頃、母親は傍観者でした。
祖母曰く「自分の(父親の)子でしょ」と母親は思っていたそうです。

私は父親の子であると同時に母親の子でもあるのですが(父親と母親から生まれたので当たり前ですが)、
その時母親は、第三者的な「自分の子ではない感覚」を持ってしまったのだと思います。

それが母親として良い悪いとかではなく、おそらく、
恐怖から自分を守るために心がそう働いてしまったのではないかと思います。
それぐらいの恐怖だった訳です。

こんな環境で育った私は、「私は私で良い」という自己肯定感が築けずに、
やりたいことを我慢して、常に幼少期から緊張して過ごしていました。
この本の言葉を借りて言えば、「私」を他人の感情によって乗っ取られてしまうような、
「自分と他者との壁」が非常に薄い子供でした。

数年前母親は亡くなりましたが、母親のことをあまり思い出せない、本当にいたのかすら分からない
と感覚が今もあるのも、根元はここで母親との関係性が築けなかったことにあるのかもしれません。

だから、他人を見て「あぁ自分はやっぱりダメだ」「能力がない」と思っても、
空回りしたり無気力になったりして中々自分を変えられない時、
それは自分の感情ではなく、他人から伝染して来た感情を感じているということです。

昔の両親の感情かもしれないし、仲の良かった友達のかもしれないし、会社の上司のかもしれないし、
すぐそこを歩いていたおじさんのかもしれません。

そして自分の感情でない以上、自分で対処することはできないようになっているのだと私は思います。

だから自分を振り回すような強い感情に襲われた時、その感情は「自分のものじゃないかも」と考えてみることが
「自分の感覚を取り戻す」ことの第一歩ではないかと思います。

私がなぜ今回この記事を書こうと思ったかというと、
最近まで、闇の者が常に見え続け、いくら光を降ろしても心が重く、
「自分が創った」から「自分が光へ還さなきゃ」という追い詰められたような気持ちになっていたからです。

いくらこの感情を解放しようとしても、解放されることはありませんでした。

これは「使命」とか「役割」だから抱く自分の感情ではなく、
生きていく中で他人から受けた「〜しなきゃ」という不安や緊張を光の仕事に結びつけ感じていただけでした。

それが他人の感情だと分かった時は、まずその人にその感情をお返しし、
平穏で静かな本来の自分の感覚に戻って初めて、源と繋がり、必要な時に光を降ろすことができるのだと思います。

自分のことを常に傷め続け、身動きが取れなくなっている方は、ぜひ試してほしいと思います。

全ての方が統合の光で満たされることを祈ります。

では。
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ゲームに見る分離の世界

もう1つの記事です。日付が変わってしまいました。

私は映画やアニメ、ゲームを見るのが好きですが、その中で最近気になったゲームについて。
「人喰いの大鷲トリコ(オフィシャルサイト)」というゲームです。

プレイした方やプレイ動画を見た方は分かるかもしれませんが、
この物語には闇の仕組みである「洗脳」「目玉」「生贄」が登場します。

以下、少々ネタバレを含みます。

お金と分離

しばらく更新が空きました。

あれから現実で変わったことといえば、
「恐れ」「不安」に今まで以上にダイレクトに向き合う機会が増え、特に「お金」について深く悩んだことと
「闇」ばかりでなく、好きなことを本気でやっている人に触れるなど「光」を見つめる機会が増えたこと、
何にも縛られない子供の時の無邪気でエネルギッシュな感覚を取り戻せてきたことです。

記事で書き続けてきた自分の前世については、
自分の過去の「大きな闇」に向き合うのがしんどくなってきたので少し振り返るのをやめていました。

なので、今回は前回の記事の続きではなく、
この数週間で私が感じた「お金」の仕組みについてと、改めて感じた「分離」の世界の奥深さと素晴らしさ
について書いていきたいと思います。

「お金」とは、本来目に見えません。

このことに感覚的に気づくのに、私はとても時間がかかりました。ただただ経験が足りませんでした。
そのため、家賃や月々の支払いができなかったり、周りにお金があるように見栄を張ったり、
借金を沢山しなければならない、ということが立て続けに起きました。

本当に苦しく、社会的に死んだような、死んでしまいたいような惨めで重苦しい毎日を過ごしました。

「お金」とは、「エネルギー」です。
「私」と同じ「エネルギー」です。

「エネルギー」とは、ただそこに存在しているだけのものです。
逆に言えば、「どう定義しても良いもの」でもあります。

 「お金=〇〇」

ここに何を入れますか?

私はこの◯の中に、
「お金」=「価値」
「お金」=「豊かさ」
「お金」=「お札」
「お金」=「闇のもの」
「お金」=「生きるために必要」
「お金」=「楽しく使うもの」
「お金」=「多ければ多いほど楽に自由に生きられるもの」
など色々なものを入れていました。

でも、〇〇には何を入れても良いのではないのでしょうか?答えなどないと思います。
これは、

 「私=◯◯」

の◯に何を入れるかと同じことです。私をどう定義するのも自由であるし、そもそも定義する必要もありません。
つまり「私」も「お金」もエネルギーの世界では何も変わりないということになります。

これを定義した瞬間に「分離」が始まり、それに縛られ苦しむのだと考えます。
そしてその定義も意識的でなく、無意識的に行ってしまうものが多い。
「私」を定義させられる、もしくは定義せざるを得ない環境に身を置かなければならなかったということです。
これこそが「闇の仕組み」ですね。

「私とは何か?」
というのを哲学や宗教でよく見かけますが、そもそもそれを定義すること自体が「分離」です。
でもそれを生涯を使ってでも考えることが、「闇を経験して成長する」「闇の経験を味わい尽くす」ことに
なるのかもしれません。そしてこの「分離」を経験することを魂レベルでは各々が決めてきているのでしょう。

でも「定義」することで今まで生きてこれた部分もあり、決めた「定義」の中で私たちは生きてきました。
その「定義」をいきなりは無くせないし、外せません。すぐにも書き換えられません。

しかし、無くす必要も外す必要も書き換える必要も実はありません。
無くそうとすれば自分の中の軸がなくなり、精神的な病にかかってしまったり、
それをまた「定義し直そう」と考えれば「分離の闇」にはまっていることになります。

定義していたことに気づき、その定義によって色々な経験ができたことに感謝する。
ただ、これだけで良いのです。
これにより「私」と「〇〇」の間の「=(封印)」が外れます。
それこそが本来の自分の「解放」になり、光と闇の「統合」になります。「分離」の闇は終わります。

これは頭では分かっていても感覚的に理解するには、経験がいるでしょう。
そもそも、感謝する気持ちが湧いてくるには、大きな気づきを得る為の経験が必要になります。

定義に気づいてると思っても不安や恐怖、イライラがなくならないときは、
まだ何かに気づく必要があるのでしょう。
すぐに気づけなくても、気付こうとする気持ちを持てば、いずれ必ず気づきます。

そして、〇〇の部分を沢山持ち、強く意識している人程、本来の自分を封印しており闇が深い人になります。
その〇〇は「本来の私」ではありません。
逆にそれだけ封印する必要がある程、強い「光」を持ち、その光を広げる可能性を持っている人だということです。

私の今回の「お金」に関する経験はこれに気づくためにあるのだと考えました。
同じように悩む方にも是非この記事を読んでいただけたら、と思います。

全てのお金に悩む方が、統合の光で満たされるのを祈ります。

あと、今日はもう一つ別タイトルで、「分離」に関する記事をあげようと思います。

では。

闇の前世②

前回の記事の続きの続きです。

…とその前に、先日の夢と近況を少し。

前回の記事を書いた直後、
職場の方々が白い長いテーブルに皆座っていて、そのお誕生日席の一番目立つところに
自分の「目」を描いた紙を置いて飾っている夢を見ました。

この夢も今日起きた時にデジャブを感じ、何度も見ていると分かりました。
この「目」から送られている解除のサインだと感じました。
きっと私が前世で今の職場やそれに関係する人々のところに「目」を置き、
闇の仕組みを作ったということなのでしょう。

光を降ろすと、喜んでその「目」は源へ還って行きました。非常にあっさりとしていました。

近況では、今世で経験したことのないことを経験したり、
昔からずっとやりたいと思っていた絵の仕事を本格的に始められることになりました。

この経験以降、自分の感覚が鋭くなり本当に「好き」なものが感覚で分かるようになりました。
さらに闇と光がはっきりと分かるようになりました。闇の部分に接すると体が強く反応するようになりました。
瞑想時のビジョンも分かりやすくなりました。

さて、前回の続きに戻ります。

その後の前世を辿っていくと、爬虫類型のどうしようもない性格の宇宙人が見えました。前世の私です。
目がつっていて細く切れ長で蛇の様な顔をしており、
思いやりの欠片もなく本能で動いている様な、いわゆる「クズ宇宙人」でした。
虚言癖があり、人を騙そうとする割には頭が足りていない…というか…

今の自分にとってこういうタイプはとても嫌いな部類に入るのですが、
自分が過去に経験しているからこそ、なのかもしれません。

光を降ろすと、あっさりと還って行きましたが、その後赤い目の恐竜が吠えている映像が見えました。
ここら辺から闇の仕事を本格的に始めたのかもしれません。

次の前世では、エジプトの様な砂漠の場所に呪文の様な模様が描いてあり、何かが建っている映像が見えます。
今までの前世とは精巧度?エネルギーの細かさ?が違います。
そこで、闇の仕組み作りに本格的に取り組んでいる自分が見えました。
純粋な子供の様な職人の様な面持ちで、ひたすら一人で黙々と何かを描いています。

描いているものを見ると、少しいびつな形をしたイラストの太陽が見えます。
目玉の気配はまだ感じません。
「太陽」という仕組みをこの時点で初めて思いついたのかもしれません。
しかし、今の闇の仕組みとしての「太陽」になるには、何度もその後の前世で試行錯誤を重ねた様に感じます。
このイラストの時点では、全くと言っていいほど周囲への影響力を感じません。

その前世に光を降ろすと、色々な太陽が数え切れないほど見えました。
私がその後思考錯誤した太陽だと感じます。

その後、数日は統合ができず、少し間が空いて、
自分のお腹についていた赤い目玉と、渓谷に立てたお寺の中に封じた7つの龍の解除を行いました。

お腹の赤い目玉に関しては、下腹全体にペッタリと目玉が張り付いており、光を降ろすと源へ還りました。

7つの龍は「青、黒、黄、赤、白、桃、紫」の色をしており、それぞれが闇の役割をしていました。
過去の私はいくつもの櫓(やぐら)を繋げて寺院を作り、近くの滝などに各龍を封印していました。
特に滝に封印されていた青の龍は他の龍より太く長く、自分の「青の闇」が大きいことが分かりました。

龍それぞれに光を降ろし、全ての龍を解除すると、龍達は常に源から見守ってくれるようになりました。

その後、喉仏と鎖骨の中心辺りが何日も痛むようになりました。
何度光を降ろしても良くならず、段々と現実でも苦しくなってきた私は、ついに泣いてしまいました。

「苦しい、苦しい、もうこんなの終わりにしたい」と心の底から思った途端、
今世での過去の辛かった感情が溢れてきました。忘れていた当時の感覚や感情がありのままに蘇りました。

痛かった鎖骨の中心部に手を当てると、自然と自分の口から「痛い、痛い、やめて」と言葉が出ました。
「お父さん大好きなのに、どうして叩くの。蹴るの。痛い。
 大好きなのに。わからない。どうすれば愛してくれるの」
と自然と話していました。映像は浮かびませんでした。

今まで、「お父さんに赤ちゃんの頃ひどいことされていたんだよ」と祖母や母から聞いたことはありましたが、
自分が父親に叩かれたり、蹴られたりしていた記憶は全くありません。
しかし、確かな感覚でした。間違いなく事実として起こっていたことが分かりました。

大好きな父親に、何もしていないのに暴力を振るわれた、という生後まもない私の悲しい感情がとめどなく溢れ、
ひとしきり泣いた後に、光を降ろし、「頑張ったね。辛かったね。我慢しなくてもういいよ」と
自分に声をかけました。

すると、胸の痛みはほとんど無くなりました。(続く)

闇の前世①

職場での忙しさは相変わらず…ですが、自分を少し取り戻せてきている今日この頃です。

背後から蹴られたり、顔面めがけて硬いものを投げられる…なんてのはありますが。

相変わらず目玉は大量に押し寄せてきており、サインを出しています。
数も尋常じゃありません。
例えるなら、網戸の網の目全部が目玉である様な…。
「休んでいる暇じゃないだろう」と急かされているのが分かります。

これらの目玉も気になりますが、
岩本様よりついこの前「前世に光を降ろした方が良い」と言われ、
そちらの方を優先的に行うことにしました。

深く入ると、まだ魂的に幼い自分が見えます。
時代的に、宇宙が始まってからはそれなりに時間が経っている様ですが、
地球が生まれる遥か遥か昔であると感じました。
おそらく、シリウスやプレアデス等の今は有名な星々も出来る前だと思います。
自分が「大きな闇」として活動する前の時期です。

私は星の見える宇宙船に横たわっている男性型の宇宙人で、隣には彼女らしき宇宙人がいます。
わがままで自己主張が通らないと、彼女に当たる様な「若造」でした。
その若造の時に、私は自分の星の重要任務で大きなミスを犯した様です。
取り返しのつかないことをして、ひどい「罪悪感」に悩まされました。
そして自分はその罪悪感を背負いながら、宇宙人としての一生を終えました。

次に見えたのは、学者の様なクリエイターの様な宇宙人でした。
「闇」の役割として、持ち前のアイディアと頭脳を駆使して、色々な闇の仕組みを作っていた様でした。
例として、宇宙に銀河型の「スピーカー」の様なものを幾つも置き、
音を鳴らして光を封じ込める仕組みを作りました。
真剣で真面目で熱心だけれど、光をうまく封じ込められることに快感を持っており、
封じ込められた暁には仲間と下衆に微笑んでいるのが見えました。

源はそれを怒りませんでした。
それは源が与えた闇の役割で、いつか統合の日が来ると分かっていたからでしょう。
当の私はそれを知ってか知らずか、行けるとこまで光を封じ込めました。

では、私が生まれたのはいつか?
深く入ると、一点の眩しい白い光が見えました。段々光が大きくなり、私は誕生します。
周りの喜びの声が聞こえます。私の魂の始まりですが、驚くほど純粋で無垢で強い光です。
どうやらこの時は光だった様です。
闇の時代を経験し始めたのは、上記した男性型の宇宙人の前世の前後のことの様です。

私はまずその2つの時代の自分に光を降ろすことにしました。
男性型の宇宙人の前世では、
洞窟?ホース?の中を永遠に彷徨っている映像と
大きな岩がゴロゴロ転がっている映像、
「1000000000」と書かれたカウンターがどんどん増えていく映像などが見え、
同時に「一生自分は彷徨えばいい」「一生自分は潰されればいい」「一生自分は殴られればいい」
といった感覚が湧き上がってきました。

(映像は非常に3次元的ですが、これは当時自分が見ていた映像でなく、
人間としての今の自分がこれらの感覚を思い出すために、次元が変換されて映像が見えている様な気がしました)

光も希望も微塵も感じていませんでした。そこには深い「無力感」「罪悪感」しかありませんでした。

自身を虐める映像がさらに見えましたが、
「もう終わりです。どれだけの期間悩んできたのですか。もう終わりです。
 楽になって、光に還っていいんです。もう誰も責めない。」
と伝え光を降ろすと、涙が流れ光が入ったのが分かりました。
光が入った瞬間、孤独にずっと悩んできた自分の周りにはもう謝罪できる皆も環境もない…
と寂しさを感じましたが、当時の魂達は既にそれぞれの決めた「役割」を歩んでおり、
また光の世界で会えると今の自分には分かるので、すぐに寂しさは無くなりました。

クリエイターの宇宙人の前世に光を降ろすと、何も見えません。
罪悪感なり多少は感じていた様ですが、本当に「役割」として純粋にやっていた様です。

この前世は後回しにし、別の前世を見ることにしました。(続く)
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